3月を迎えいち早くJリーグが開幕。
あちこちからは球音も聞こえるようになり、近くの咬交からはそれらを応援する吹奏楽の高らかな響きも聞こえてきます。
いよいよスポーツの春、本番といったところでしょうか。
ところでこのスポーツ、大きく分けると個人競技と団体競技に別れるようです。
皆様もご存知のように、個人競技にはスキーやスケート、陸上や水泳など、その速さや美しさを競うものや、柔道、剣道、相撲、レスリング、ボクシングなど、いわゆる格闘技と呼ばれる協議、ゴルフやテニスのように相手はあるのですが、戦う相手が実は自分であるといった協議もあります。
一方団体競技としては、サッカー、バレーボール、バスケットボールなどの球技を挙げることができます。
もちろん、団体競技でありながらアメリカンフットボールや、アイスホッケーのように氷上の格闘技などと呼ばれるものもあります。
個人競技でありながら体操や卓球のように国の威信を掛けて争うスポーツもあります。
が、ここではその話はちょっとおいておくことにしましょう。
ところでこの中にかつては国民的スポーツであった野球の話が出てきません。
最近私が読んだ本には、野球は個人競技であると同時に団体競技だと書かれていました。
それによるとピッチャーとバッターとの駆け引きを見ると野球は個人競技のように見えますが、試合そのものの流れや勝負を決めるポイントなどを考察すると団体競技であるというのです。
さて、突然ですがーー。
医療行為というものは個人競技なのでしょうか、それとも団体競技なのでしょうか。
ちょっと変な比喩ですが、春なので考えてみることにしました。
その医療。
現代医療をスポーツにたとえるなら、病気を相手に医師が患者の病苦除去のために戦っている真剣勝負の個人競技といっても良いかもしれません。
現代医療は関係者のたゆまぬ努力により、ここ200年近くの間にその診断と治療技術において格段の進化を遂げてきました。
とはいえ、未だその根絶はおろか、原因すらつかめない病気も存在します。
また、地球上にはその医療が十分いきわたらない地域も数多くあります。
そういう意味で、現代医療における病気という修羅との戦いはまだまだ終わっていないといえるのかもしれません。
また、こんな例もしばしば見受けられます。
「勝負に勝って試合に負けた。」
平たく言うとこんな例です。
手術は成功したが患者は死んでしまった。
これに類することとして最近こんなことがありました。
叔父は80を過ぎても元気で、身の回りのことはもとより買い物も一人。
奥さんをなくして寂しさはあるものの、それなりに生活をエンジョイしていました。
加えて豊かな知識と人当たりのよさで多くの人から愛されてもいました。
その叔父、最近歩くと息切れが強くなったとのことで内科を受信したところ、血液の逆流を防ぐ役割を果たす心臓の弁がしっかり閉まらないことがわかりました。
医師からは年齢に比し、体力もあることから弁形成術、つまり、人工弁だけでなく自分の弁を張り替えたり縫ったりする方法を勧められました。
本人もまだまだ元気に過ごしたいという気持ちが強くこの勧めに応ずることとしました。
そして、手術は成功しました。
本人も徐々にではありますが元気を回復してきました。
が、およそ半年後ーー。
全身のむくみがひどくなり入院。
投薬の効果もあり、むくみは2,3日ですっかりなくなったのですが・・・・・。
それから2週間後、叔父は急逝しました。
この事例が「勝負に勝って試合に負けた」というものではないかもしれません。
叔父の手術は成功しましたし半年以上生きていました。
医療ミスと思われるものもありません。
強いてあげるなら、1日や2日で周りの者があっと驚くほど消失したむくみ。高齢者にそんな強い効果の薬を与えてよかったのかどうかは疑問です。
叔父の死を寿命だという人もいます。
寿命だとすればどんな最善の方法をとっても生命を引き伸ばすことはできません。
でも、家族にとっては「たられば」*を思うと一つの死を受け入れるのに時間がかかるのも確かです。
ところで私たちが行っているはり灸治療、これは個人競技なのでしょうか、それとも団体競技なのでしょうか。
そのお話は、また、次回にしましょう。
*たられば
「もしそうだったら」、「もしああであれば」と一見願望を表す用語のように見えるが、むしろ過去を振り返って悔やむときなどに多く用いられる。
競馬を楽しむ人たちが外れ馬券を握り締め、「もし、ゴールがあと100メートル短かったら」とゴール板の位置にクレームをつけたり、「もし、馬の鼻がもう5センチ長ければ」とクレオパトラみたいなことを言ったりしてレースを悔やみつつ回顧したりするときなどに用いる。
戦う相手が病気ーー厳密にいえば症状ーーという点では現代医療のような個人競技のように見えます。
しかし、五感を駆使しての診断と、手の技術を頼りにするはり灸は、最先端科学に裏打ちされて行われる現代医療の診断と治療には及ぶべくもありません。
したがって、私たちが行う医療は患者と手を携えつつ病気と立ち向かう団体競技ということになります。