習慣Ⅱ

もう7,8年続いている番組に「秘密のケンミンショー」(日本テレビ系木曜夜9時))というのがあります。
全国各地に伝わる風習や言葉の使い方、話題のごちそう、思わぬ食材や珍しい食べ方などを紹介する番組です。
その風習や食べ物を知らない他県民にとってはそれこそ「驚愕の事実」を目の当たりにすることになるのですが・・・・・・。
そんなコーナーの一つに「秘密の習慣」というのがあります。
その都道府県や地域では当たり前の習慣なのですが、他の県民にはまったく信じられないという風習を取り上げるコーナーです。
たとえば北海道ーー。
御節料理は元旦の朝、おとそとともにいただくというのが世間一般の常識。
ところが北海道では、大晦日の晩にこれをお膳に並べみなでいただく習慣があります。
お葬式の折、受付で香典の袋を出すと、その場で開封し、領収書をくれるのも北海道ならではの習慣です。
これらの「秘密の習慣」を知らない人々にとっては、ただただ驚くばかりであり、もし、その場に居合わせたならただただ戸惑うばかりということになることでしょう。
一方、自分たちの習慣が全国的なものだと信じて疑わない人たちにとっては、いろいろな形で悲喜劇が待ち受けることになります。
それがどんなものなのか。
番組をごらんいただいたり、身近にその地方特有の習慣に遭遇された方がおられたら、ぜひお話を伺うと良いでしょう。
さて、バラエティー番組の話はさておき、「秘密の習慣」、ひょっとするとどこの家庭にもあるのかもしれない。これを書いていて、ふと、そう思いました。
起きる時間、寝る時間、食事の時間などなど・・・・・・。
でも、それは自分たちが生きやすいような健康で豊かな暮らしのために作ってきた習慣ではなく、仕事や学校の都合でそうせざるを得ないものも多く、また、家族の崩壊とともに習慣の個別化が進む昨今、家庭が引き継いできた習慣などない状況になっているのも事実です。
現在は「良い習慣」、まずそれを作り出すことから自分探しを始めなければならない時代になっているのかもしれません。
「良い習慣」。
まず、それを見つけたところからあなたの健康が始まるのかもしれません。
私たちはり灸師はあなたがつかみかけた健康をより確かなものにしていくためお手伝いをさせていただく医療ケアチームです。
ぜひ一度、あなたの習慣が東洋医学の健康感にかなっているのかどうか、ご相談いただけませんか。

七種

1月7日は七種粥を食べる日です。
ところで七草とはどんな日なのでしょう。

七草(ななくさ)は、人日(じんじつ)の節句(1月7日)の朝に、7種の野菜が入った粥を食べる風習のことだそうで、1月15日の小正月を祝う風習と混ざり合い残ったもののようです。
したがって正式には「七種」と書くようです。

ご存知のように七種粥に入れる野菜は芹(セリ)、 薺( なずな)、御形(ごぎょう)、繁縷(はこべら)、仏の座(ほとけのざ)、菘(すずな)、蘿蔔(すずしろ)です。
私たちにはなじみの薄い名前の野草が並ぶわけですが、繁縷ははこべ、菘はカブ、蘿蔔はだいこんと聞けば、少し親しみがわくかもしれません。
七種粥はこれらの野菜を切り刻んでかゆに混ぜ炊き込むわけですが、もともとは邪気を払い万病を除く占いとして食べたそうです。
最近では呪術的な意味ばかりでなく、御節料理で疲れた胃を休め、野菜が乏しい冬場に不足しがちな栄養素を補うという効能もあることから残されている風習です。

現在では一時ほどではありませんが、健康志向もあいまって、この季節パック詰めになった七草がスーパーの店頭に並んだり、七種粥のレトルトを見つけたりすることもあります。
でも、私思うんです。
飽食の時代である現代。1月7日ばかりではなく、月に1度ぐらい七種粥を食べて胃腸を休めてはどうかと。
肥満や生活習慣病が心配。
だからサプリメントを取ってこれらを防ごう。
そういう考えはいかがなものかと。
どうです皆さん。
毎月七日は七種粥の日にして、少し自分の食習慣を見直してみませんか。
そうすることで思わぬ健康を取り戻せるかもしれませんよ。
「思わぬ健康」ってなあに。
それはきっとあなただけが感じることができる良いからだの調子のことだと思います。

この1年

2014年ももう時間で数えられるくらい残り少なくなってきました。
その2014年。
今年も12月に入りこの1年を表す漢字が流行語大賞とともに発表されました。
その漢字、「税」だそうですが・・・・・。
私はちょっと違うのではという印象を持っています。
今年にふさわしい漢字は「偽り?」、つまり、「偽」かなと思っているのです。
実は主催者も今年にはこの漢字がふさわしいと思っていたのかもしれません。が、かつて、この文字を「今年の漢字」に指定したことがあるので、再度選ぶことができなかったのではと推察しています。
それではなぜ私がこの文字を「今年の漢字」としてもう一度選ぼうとしているのか。

STAP細胞の発見は日本だけでなく、世界を驚かせました。
しかし、それがどうも存在しないらしいというニュースはそれ以上に世界を驚かせました。
聴覚障害者が作曲したという交響曲「ヒロシマ」はNHKなどマスコミの後押しもあり、多くの人々の感動を呼びました。
しかし、今年に入って、作曲者は障害者でもなんでもなく、しかも作品はゴーストライターによるものであることが発覚し、世間を落胆させました。
さらには、アベノミクス。
思ったほどの効果を上げることなく、解散総選挙という形でお茶を濁すこととなりました。
その総選挙、議員は戦後最低の投票率で選ばれたわけで、本当に国民の信任を得たものかどうかも疑わしいまま年を越しそうになりそうです。
そして、残されたのは期待したほど上がらなかった賃金と物価高でした。
そんなせいもあるのでしょうか。
振り込めさぎの被害額は天井知らずです。
そのほか、ロシアとウクライナの関係、韓国国内で起こっているいくつかの事件、中国の日本に対する対応、うがった見方をすれば、外国為替市場や株価さえ偽りの産物ではないのかと思えてくるような状況です。
それでは今年を象徴するようないくつもの出来事のすべてが意図した「偽り」かというとそうとは限りません。
もちろん振り込めさぎのように最初から人をだますつもりの「偽り」もあります。
しかし、STAP細胞の発見やアベノミクスの効果のように当初は大きな希望と期待を持って発表にいたったものの結果として人々を偽ることとなったものもあります。

それでは私たちが行っているはり灸。
これには偽りはないのでしょうか。
その話は、また、来年「偽りなく」お話しすることとして、最後に私が2015年を迎えるに当たり、こんなふうに願っていることをお伝えして今年の締めくくりにしたいと思います。
「またその年が終わるとき、『偽』という文字が年度を代表する漢字に再び三度ならないように」と。
それこそ今年の流行語大賞ではありませんが、それは、「ダメよ、ダメダメ」ですよ・・・・・・。