習慣

私は「おとなりの夕飯」ならぬよそのうちの夕ご飯をご馳走になるのが好きです。
そう聞くとこれを読まれている皆様の中には、「なんとずうずうしいやつ」と思う方もいるかもしれません。
しかし、それにはある目的があるのです。
私がご馳走になりたいのはお客様としてもてなされる食事ではありません。
毎日の生活の中で普通に出される夕ご飯をいただきたいのです。
なぜ、そう思っているのか。
「となりの夕ご飯」をいただくとその家庭の食習慣がよくわかるからです。

私は独立し、家を離れてからも時折母と兄の暮らす実家で晩ご飯をいただくことがありました。
そんな暮らしが続いたある日、母の味付けが異常に濃いのに気づきました。
味噌汁などまるで塩の塊でも飲んでいるのではと思うくらい塩辛いのです。
そのことを兄に言うと、毎日その味に慣れている彼は首を横に振るばかりで何の反応も示しません。
母にも同じことを言うと「そうかねえ」というばかりで何度実家ご飯をご馳走になっても改める気配がありませんでした。
それから数年でした。
母は低かった血圧が上がり、動脈硬化も進行し、その影響でしょうか、脊柱管狭窄症(せきちゅうかんきょうさくしょう)をわずらい、横断歩道の真ん中で足が1歩も進まないなどということが起こるようになりました。
さらに1,2年。
動脈硬化は脳にも及び、やがて認知症となり母は亡くなりました。

ある春の1日、お邪魔したお宅で話し込んでいるうち、「夕食でもどうですか」というお誘い。
私は喜んでそのうちの普段の夕ご飯をご馳走になることになりました。
その日はたけのこごはんと肉炒め、それに煮物と味噌汁でした。
季節のものが並び、味付けもなかなかおいしくそれは普通の家で出される晩御飯としては上等のご馳走でした。
でも、その量に驚いてしまいました。
ご飯はチャーハンを入れるようなお皿に山盛りいっぱい。
肉炒めも同じような洋皿に山盛り、そして、煮物は小どんぶりにあふれんばかり。
味噌汁も豚汁でも入れたらちょうどと思われるほどの大きなおわんに具沢山。
せっかく出してくれたもの、残しては申し訳ないと思い、一生懸命食べたのですが、小食の私には全部入りきりません。
「いつも晩にはこれぐらい召し上がるのですか。」と私が訪ねると、「そうだ」と言います。
それから3年ほどたってでしょうか、ご主人が心筋梗塞で倒れられたのは・・・・・・。

よくご夫婦でがんになったという話を聞きます。
「似たもの夫婦」という言葉もあるのですから、ご夫婦ともども同じ病気になるのは何の不思議もないと思っておられる方がいるかもしれません。
しかし、それは大きな間違いです。
がんの中には遺伝的要素が関係するものもあります。
が、いくら似ているからといって、ご夫婦が同じがんになりやすい遺伝子を持ち備えているということは確率的にそんなに高いとは思えません。
では、どうしてご夫婦でがんになるというケースがあるのでしょう。
私は家庭での食習慣が大きな関係を持っているのではと考えています。
長年同じものを分かち合っているご夫婦。
いつの間にか決められた食習慣、これらが健康なお二人のがんを発症させる引き金になっているのではと思うのですが・・・・・・・・。

毎日繰り返される生活習慣。
そのうちの食習慣についてはなかなか本人にはその適否がわかりにくいものです。
そこで私から提案です。
皆さんもお客様をお招きし、皆様が食べている普通のご飯を1日お客様に食べていただき、食事の量、内容など第三者にチェックしていただいてはどうでしょう。
そんなところからあなたの明日の健康が見えてくるかもしれません。